第1回『このラノ』大賞 受賞作品詳細

第1回『このラノ』大賞 / 金賞

『僕たちは監視されている』里田 和登(さとだ・かずと)

僕たちは監視されている (応募時タイトル&筆名:「僕たちは、監視されている」里野 修平)
作者プロフィール
東京都在住。体調を崩したことをきっかけに、去年から小説を書き始める。ここ数年で、食に対する喜びに目覚め、エンゲル係数が酷いことに。徒歩15分圏内にある7軒のカレー処が、我が人生の全てです。

あらすじ

「IPI症候群<クローラ>」と呼ばれる原因不明の病気が蔓延する社会。この病は禁断症状に陥ると自傷他害の恐れがある深刻なものだった。患者数増加が社会問題になる中で、政府は現状最も効果的な治療法「IPI配信者<コンテンツ>」の採用に踏み切る――<コンテンツ>のひとり小日向祭は、自活しながら日々騒がしい高校生活を送っていた。そこに、同じく<コンテンツ>であるテラノ・ユイガが転校してきて……。

受賞コメント

自分は子供の頃から物語を空想するのが好きでした。漠然と「いつかウェブサイトでも作って、ひらがなだらけの寓話をこつこつ書きたいなあ」と思いつつ労働に励んでいました。
長編小説を書き始めたのは、体を壊したことがきっかけです。この話は、二度目の落選が発覚し「やっぱりプロは難しいんだな……」と思っていたときに、なんとか自分を奮い立たせて書き始めたものです。受賞の知らせをいただいた時は、信じられない気持ちでした。
僕の拙い文章に可能性を見いだしてくださった選考員の皆様、編集者の皆様、本当にありがとうございます。人との付き合いが大の苦手で、人間的に出来ていない部分が多い自分ですが、作品を書き続けることで恩返しをしていきたいです。良質なエンターテインメント作品をたくさん生み出していけるよう精進して参ります。

最終選考委員選評

勝木弘喜(ライトノベル・フェスティバル初代実行委員長)
極楽トンボ(評論家、HP「まいじゃー推進委員会!」管理人)
タニグチリウイチ(書評家)
工藤淳(「まんが王八王子店」小説担当)
丸山晋司(「コミックとらのあな」)
特別選考委員栗山千明さん選評はこちら


勝木弘喜(ライトノベル・フェスティバル初代実行委員長)

タイトルのステキさに、どうせ一発ネタじゃねーのと高をくくって読み進めてみるとさにあらず! 導入で解説される「IPI」という特殊設定を飲み込めば、儚く、それでいて一途な少年少女の繊細な世界が広がっていきます。人に監視されているという状況は、twitterやネットアイドルといった現在の日本社会の投影。そんな特殊環境で、主人公の祭やヒロインのユイガは自分の居場所・存在価値・アイデンティティという問題に真正面からぶつかっています。また、自分の立場を上手く利用しながら、祭をサポートする友人・一葉も素晴らしいです。それぞれの感情が、微妙に絡み合い、すれ違い、そしてなだれ込むラストは状況、感情、環境全てを巻き込んで爆発的な盛り上がりをみせます。この作品にめぐり合えてよかったと思える、ライトノベルならではの作品です。

極楽トンボ(評論家、HP「まいじゃー推進委員会!」管理人)

「IPI症候群」という秘密を求める病気や、プライバシーを配信することで生計を立てているという一風変わった設定は、ネット社会に生きる我々にとっては非常におもしろい内容で、インパクトは充分。また今が旬となっている「男の娘」ネタを、IPI通信の特徴も利用してとりこんでいて、読者に対する訴求力はかなり優れていると感じた。ややヒロインの抱える秘密が小さいかなという気もしたが、作品全体の魅力を削ぐほどではなく、まだ磨き上げられるのではないだろうか。思春期の少女達が抱える繊細な感情の揺れ動きを上手く表現できており、若者の共感を呼べると思う。また、タイトルもとても上手く内容を捉えたものになっていて非常によかった。

タニグチリウイチ(書評家)

次席は里田和登の『僕たちは、監視されている』(刊行時タイトル:『僕たちは監視されている』)だが、これについては改稿の必要を前提としての受賞で、最終的に本となった場合に欠点、すなわち情報に執着し過ぎる特質を持った人々のために、一般の人々がプライバシーを提供して構わない状況があり得るか否かといった部分に、どういった理由付けがなされるかが重要となる。その上で、twitterなりUSTREAMといった、個人が情報をさらけだしやすいメディアなりツールの登場がもたらす社会の姿を考えさせ、一方で美少女2人に見えるメインキャラのビジュアルが人気を呼ぶだろう。

工藤淳(「まんが王八王子店」小説担当)

秘密を知りたがる「IPI症候群」への医療活動として日常を見られるネットアイドルというのがおもしろい発想です。そして主人公が男の娘だったりするのは今どきのライトノベルらしいところ。これ自体は本人以外のプライバシー問題など現実では不可能なシステムだが、ネットにおける書き込みや実況、本人とは関係ないところで膨らんでいく反応など現実でありえる状況が妙な現実感を与えている。ただ、ヒロインの秘密の物足りなさ、監視装置のデザインの古い感じなど設定の練り込みが弱い。

丸山晋司(「コミックとらのあな」)

まずこの作品の『僕たちは、監視されている』というタイトルが読者として「読んでみたい」と思わず思ってしまうくらい印象に残りました。キャラクターも主人公の女装少年「祭」とその友達「一葉」、話のキーになる少女「ユイガ」と個性豊かなキャラクターが作品を盛り上げています。また、作中で一番重要な設定である、<人の秘密をどうしても知りたくなり、その結果秘密を知る為に犯罪までも起こしてしまう>「IPI症候群」という病気の設定とその患者の治療のために、<自分の私生活をネット上で公開して発症を抑える>「IPI配信者」という設定が余りにリアルな為に、読者にとって「ありえる」「ありえない」という賛否両論でてしまうと思うのですが、それも全部含めて『僕たちは、監視されている』という作品は非常に読み応えのある作品だと思いますので期待して発売を待っていただきたいと思います。