第1回『このラノ』大賞 受賞作品詳細

第1回『このラノ』大賞 / 栗山千明賞

『ファンダ・メンダ・マウス』大間 九郎(おおま・くろう)

ファンダ・メンダ・マウス
作者プロフィール
横浜出身・在住。
嘘つき、嘘をつくのが大好き。出来るだけ人よりも多く嘘がつきたい。
意味も無く、得もせず、誰の為でも無く自分の為でも無い純粋な嘘が付きたい。
笑い上戸、笑うのが大好き。他人が困り、焦り、オタオタする様を見て腹を抱えて笑いたい。死ぬ寸前の人間に「お前の人生はボウフラほどの価値も無かったね」って言って絶望する様を腹を抱えて笑いたい。
そんな人間です。
今一番の楽しみ
閉所恐怖症の友人に「訓練だから」といって二人でマリンタワーに昇り、歯を食いしばり、涙を流し、体をバイブさせる友人の情けない様を心配そうな顔で肩を抱いてやり、腹の中でせせら笑う。これです。

あらすじ

おれはマウス。しみったれた倉庫でくそったれな監視システム相手に終日ダラ~っとすごす。家に帰ればネーネがべったり張りつく、そんな毎日。でも、おれは今の自分にかなり満足。人生がこれ以上でもこれ以下でも今いる自分になれないのならそんな物は願い下げだと、心の底から思っている。いい女はべらして万ケンシャンパンドンペリジャンジヤンBMベンツにPMゲッツーみたいなことがおれの今の生活に少しも必要だとは思わない――のに! 唐突にあらわれたオカッパジャリのマコチンが「嫁に!」とか言い出してから怒濤の急展開。どーいうことよ、コレ?

受賞コメント

「男、俺に勝ったらなんでも一つだけ願いごとを叶えてやるよ」
「なんでもか」
「ああなんでも」
深夜、酒に酔い一人黄金町裏通りを行く当ても無く歩いていた私に、大岡川から上がったばかりのカッパが相撲勝負を挑んできました。
喧嘩四つ。
河童はまだ左下手の位置が浅い。
右上手を引き、河童の頭を上げさせる。焦った河童が巻き返しのために左下手を離した瞬間、両のかいなを河童の両脇に捻じり込む。
双差し!
河童の顎に頭頂部を押しあて前に出る私。
我慢しきれず仰け反る河童。
勝った! 勝った! 勝った! 遮二無二前に出る私。
負ける! 負ける! 負ける! 体を揺すりなんとか逃れようとする河童。
河童をアスファルトに叩きつけ、空を見ました。空には雲一つ無く、上弦の月が浮かび、その澄んだ冷たい空気と共に私の心を追い詰めました。
「河童、もう俺駄目かな? 俺は何も出来ないまま屑みたいに生きて屑みたいに死んじゃうのかな? もしかして俺ってもしかしてだけど特別な選ばれた人間じゃないのかな? 唯のクソみたいな屑みたいな一般人なのかな? 答えろ河童!」
「そんなこと知らんよ」
そんなこんなで受賞させていただきました大間九郎です。皆さまお見知りおき下さい。

最終選考委員選評

勝木弘喜(ライトノベル・フェスティバル初代実行委員長)
極楽トンボ(評論家、HP「まいじゃー推進委員会!」管理人)
タニグチリウイチ(書評家)
工藤淳(「まんが王八王子店」小説担当)
丸山晋司(「コミックとらのあな」)
特別選考委員栗山千明さん選評はこちら


勝木弘喜(ライトノベル・フェスティバル初代実行委員長)

つかみ所がなく、スラングっぽいのにリズムがある。それでいて力強さを感じさせるマウスのちょっと壊れた語り口が、物語を強力に牽引しています。舞台となる横浜の混然とした雰囲気もとても面白く、その猥雑さが主人公のマウスをはじめ頭ゆるゆるでフェロモンばりばりのネーネ、オカマのミチルちゃんといった多様なキャラクターに説得力をもたせています。ストーリー構成でも小さな事件から最終的に大きな事件へと繋げていっており、意外性がまたすごい。癖は強いですが、この面白さは読んでみないとわからない。そう人にすすめたくなる作品です。

極楽トンボ(評論家、HP「まいじゃー推進委員会!」管理人)

この作品を読んだときには正直体がぞくっとして鳥肌が立つ思いだった。文章はかなり粗が目立ったのだが、それがほんの些細なことと感じられるくらいにマウスをはじめとしたキャラクターの存在感が光っていた。マウスによる一人称語りはちょっと癖はあるのだが、慣れると病みつきになりそうな中毒性を持っている。超展開すれすれの予想だにしない展開の連続は、読者に1ページ先さえ予想させないので最後まで目を離せない。後からこの作品が処女作だと聞かされたときにはさらに驚いたものだ。文章が洗練されていない原石の状態でこれなら、磨かれたらどれほどのものを見せてくれるのか、と。この先おとなしくライトノベルに収まる器ではないのではないか、そんな気もするが将来が非常に楽しみな逸材だ。

タニグチリウイチ(書評家)

一読して惹かれ、これが初めて書いた小説と知って腰を抜かした大間九郎の『ファンダ・メンダ・マウス』。グロテスクで猥雑で、ライトノベルらしからぬ点だけがほとんど唯一の欠点で、そこを逆に利点と見れば、既成概念をぶち壊して新たな可能性を示し牽引していく物語だと言える。倉庫番をしている主人公の男を中心に、アンドロイドやヤクザや美人の姉や女子高生が入り乱れて進む展開は先が見えず、キャラクターの独得さもあって引っ張られる。その果てにもたらされる真相の意外性と、SF的な解決策にも驚ける。

工藤淳(「まんが王八王子店」小説担当)

今回、一番の評価に悩んだ作品。出だし数ページで読むのをやめてしまう人が多いだろう。テンポ良く読んでいけるのだが、文章や内容はクセが強く万人向けではない。だが、そこがこの作品のいいところでもある。ライトノベルではないと言ってしまえばそれまでだが、こういった作品でも許容できるのがライトノベルの良さではないか?
他の賞を含めてもこれが初応募ということを後で聞いて驚いた。このままいろいろな作品を書いていったらどんな作家に育つのか、今後の成長が楽しみな人ではある。

丸山晋司(「コミックとらのあな」)

読み終えた時にまず思ったのがこの作品を「ライトノベル」という定義に当てはめて良いのかという思いでした。SFやハードボイルドの類に入れるべきではと。でも、そもそも「ライトノベル」の定義だって決まってないしと割り切るとすんなり消化することができます。この作品のポイントはなんと言っても主人公マウスだけでなくマウスに絡む「姉」、「AIロボット」、「同性愛者」といった多種多様なキャラクター達それぞれが魅力的に、そして過激に表現されていることに加え、そのサブキャラクター達のストーリーもしっかり書き込まれている点です。ラストまで息をつかせぬ展開で一気に読み込んでしまう方がいる一方で、この作品の過激な表現についてこられない方もいると思いますが、読み応えのある作品だと言う事だけは断言できます。発売されて読者の方がどのような反応をされるか非常に興味深いです。